WORKS REVIEW
REPORT

executive向けセミナー

2021.08.20

オンラインセミナー「サッポロビールが20年ぶりに全面刷新した人事制度改革とは? ~ノーレイティングの導入~」を開催しました

出演者

HRエグゼクティブコンソーシアム 代表

楠田 祐 氏

NECなど東証一部エレクトロニクス関連企業3社の社員を経験した後に1998年よりベンチャー企業社長を10年経験。会長を経験後2010年より中央大学ビジネススクール客員教授(MBA)を7年間経験。2009年より年間500社の人事部門を6年連続訪問。

サッポロビール株式会社 人事部長

川口 尚宏 氏

1988年サッポロビール入社。地方支社の営業、企画部門を経て、2006年サッポロブランド戦略部 グループリーダー、2008年東北本部 マーケティング部長、2012年北海道本部 マーケティング部長、2015年から4年間、ブランド戦略部長。2019年から人事部長。2020年からの新人事制度の導入に取り組む。

株式会社ワークス・ジャパン

成瀬 仁美 氏

2010年株式会社ワークス・ジャパン入社。企業の新卒採用支援の一環として、主に採用プロモーション/選考管理システムの営業・企画を担当。入社時から営業職に従事。

サッポロビールの歴史・事業のアウトラインと、
新たな人事戦略

成瀬
まずはサッポロビール人事部長の川口様から、サッポロビールの概要をご紹介いただきます。
川口
はい。サッポロビールの概要に始まり、人事制度改定、ノーレイティング、1 on 1の推進といった順でお話をさせいただきます。まずはサッポロビールの概要を知っていただくために、事業展開や経営理念にご紹介します。
川口
こちらがサッポロホールディングスのビジネスです。「サッポロビール」や「エビスビール」でおなじみの酒類事業を中心に、サッポロライオンが運営する「銀座ライオン」や「エビスバー」などの外食事業があります。そして、2013年にポッカコーポレーションとサッポロ飲料が統合されて生まれたポッカサッポロでは、「キレートレモン」で有名なレモン飲料のほか、コーヒーやスープ製品などの販売のほか、カフェ事業なども手がけています。さらに、恵比寿ガーデンプレイスやサッポロファクトリーといった自社開発ビルの不動産事業も展開。ビールだけでなく、幅広いビジネス分野を持っています。
川口
次にビジョンのご説明に移ります。2026年で創業150周年を迎えるにあたり、改めて経営理念・グループビジョンを掲げています。
併せて、グループの人財マネジメントに関してもビジョンを策定しています。人事戦略の基本理念は「越境せよ」。その背景には、ポッカが仲間に加わり手がける事業の幅が広がるなかで、グループ内の垣根を越えた人事・人材の交流はもちろん、既存の仕事の幅をも越えていこうという意味が込められています。


楠田
サッポロさんとポッカさんがグループとなり、ポッカサッポロとして新たなスタートを切りましたね。ホールディングス傘下に2社があり、これまではそれぞれの違いを越境することが十分に行われてはいなかった。しかし、互いに異なるバックボーンを持つ者同士だからこそ、話をしたりアイデアをぶつけたりと「越境する」ことで、ポッカの強みとサッポロビールの強みが合わさってイノベーションを起こしていくということですね。

従来の人事評価制度における課題と、
新たな制度導入で目指したこと。

成瀬
続きまして、人事制度改革についてお話しいただきたいと思います。
川口
サッポロビールでは20年ぶりに人事制度を改革しました。これまでは元々、1997年にS-CHARTという名称の評価制度を導入していました。Sはサッポロ。目標設定とコンピテンシーを組み合わせて、それを追いかけていくといった仕組みです。
楠田
いわゆる目標管理制度ですね。この制度を導入した97年といえば、大企業の倒産が印象深いです。経営における人事制度の役割についても議論された時代。このタイミングで制度を導入したのは世間からすると早い方でしたね。
川口
そうですね。そこからコンピテンシーの内容を変化させながら評価制度を継続してきたイメージです。時代に合わせて求められる行動は変わってくるので、それに合わせたコンピテンシーを設定したり、評価自体をわかりやすくするために項目を整理するといったことをしてきました。それ以外に、賃金制度や定年・ポストオフなどの制度はその時々に合わせて導入してきましたが、評価制度はこの20年間ずっと同じベースを使ってきました。従来の制度は、会社全体の年度目標や職場の目標を踏まえて各人が役割に応じた目標を設定して、達成に向けて活動を行ったうえで、達成度により評価するかたちです。それと併せて、業務におけるコンピテンシーの発揮具合から育成支援につなげていくという制度でした。
今回の改革では、「挑戦しやすい組織風土づくり」を目指しました。それと、「変化への対応」、「メンバーの育成」、「成長人財の抜擢」を強化する目的もあります。人事制度だけで会社が変わるとは思っていませんが、とはいえ人事制度は働く上でのインフラであり、社員への影響は大きいです。これまでの課題を解決するためにも、人事制度改定に踏み切ったというわけです。
楠田
これはつまり、目標管理制度の落とし穴とも言えますよね。ややもすると簡単な目標を設定してしまう可能性もある。そうなってしまうと、「挑戦」というワードが遠のいてしまう。また、その目標以外のことをやろうとすると、周囲から「何をやっているんだ」という声が上がったり、心理的不安全にもつながりかねないという。こうした制度の弱点を人事が気づいて変えていったわけですか?
川口
課題があるというのは以前から認識していましたし、管理職メンバーも全般的に思っているところがありました。組合とも人事制度についての話はよくしていましたが、組合側が認識する課題感も、私たち会社側と一致しているところが多くて。そこでS-CHART自体に限界があるというのは全体の共通認識としてあったんです。そうした課題をいかにクリアして、新たな人事制度へと作り変えていくかが肝要でしたね。
楠田

「挑戦しやすい組織づくり」だけでなく、併せて「心理的な安全性を高める」をセットにされているのが肝ですよね。
行動指針のとおり「挑戦しなきゃいけないんだ、やり抜くんだ」とメンバーが行動していても、上司が「お前、そんなことやってないで、今月予算いくのか」みたいなことを言ってしまうと挑戦の芽が摘まれてしまいますからね(笑)。
川口
そうですね。この挑戦を後押しすることがひいては「メンバーの育成」にも繋がるわけです。これまでのS-CHARTを運用するなかでは、どうしても評価寄りのフィードバックになっていました。本来の目標管理制度は評価だけでなく育成支援を行うためのツールとして機能するべきなのですが、なかなかうまくいっていませんでしたね。そこで今回の制度改定では、「管理職の役割はメンバーの育成」ということを明確にしています。

育成評価制度改革におけるキーワード

成瀬
具体的な育成評価制度改革についてキーワードからご紹介いただけますか?
川口
評価制度の刷新において、一つは従来の評価制度をやめたことに加え、年間の考課ランク付けをやめることにしました。また、これまでの制度の課題をキーワードで整理しています。
川口
スピーディーな環境変化に対応するには、今までの評価制度では不十分だと感じています。年初に設定した目標を1年終わって評価するということではタイムラグがありすぎて、評価する頃にはもう全然違うことを求められるようになっていることも往々にしてあります。そこで評価タイミングを年度から半期に変えたことと、目標自体をリアルタイムで変えていくことでそのときに求められる行動ができるよう制度を設計しました。
2つ目は「過去踏襲の目標設定」、これは先ほど出ていた、いわゆる毎年作るような目標が、毎年同じようなものであるとか無難な目標になりがちだったところを、「未来・挑戦」というキーワードで設定するように変えています。
また、1つ目につながりますが、これまでは「年初目標の達成重視」でやっていたので、やることが硬直的になることをリアルタイムで対応することで「変化対応」していくというところに変えています。
それと、「組織目標から割り当て重視」については、特に営業部門などでは全体の数値目標から割り振られた個人目標を追いかけるということになりがちでした。外発的な目標設定になっていたところを、それだけでなく個人起点で内発的に目標設定を行えるように設計しました。
楠田
そうすると、以前であれば上司から部下に「全体の目標はこれだから、あなたに割り当てられた目標はこれでよろしくね」といった説明で済んでいた可能性もありますが、個人起点で内発的に目標を設定するとなると、マネージャーが部下のことを聞き出すスキルもより求められていきますね。ピープルマネジメント力が高まるんじゃないでしょうか。一人ひとりの目標も、全体の目標とまったく違っていいかというとそうではない。要するにメンバーそれぞれが全体目標を達成するためにどれだけ納得度の高い個人目標を立てられるかということでしょうね。
川口
そうですね。目標とする数字はあっていいと思うんですが、他者から割り当てられた目標と感じるならば、よく議論する必要があると考えます。チーム全体に求められる目標に対して、社員一人ひとりが納得しながら働きかけていくことが大事だと思っているので。
楠田
納得は「働きがい」にも繋がりますよね。納得できなければエンゲージメントも高まらないし、やる気がなくおざなりな仕事になってしまう。そう考えると納得するって重要ですね。

目標に対する「評価のしかた」にも改革を

川口
今回の改革では、個人が立てた目標に対してどう評価してもらうかという部分の設計も行いました。個人の目標達成に向けて努力してもらうことは当然ですが、それに加えて、組織・チームに対してどう貢献したかを評価するかたちとなっています。
また、ランク付けによる評価の廃止も1つの大きなポイントです。ランク付けによって管理・評価重視になるところを、ランクをやめることによって育成支援につなげていこうという意図があります。

楠田
のちほどご説明いただくノーレイティングに繋がりますね。
川口
はい。あと、一番最後の「出向による不公平感」については、これまでサッポロビール社・サッポロホールディング社・ポッカサッポロ社で異なる人事制度を使っていましたが、大枠を統一した人事制度にしました。
楠田
人事制度を統一すれば、越境もしやすくなるでしょうね。
川口
そうですね。考課ランクを読み替えるような必要もなく人事制度の大枠は一緒なので、人事交流はしやすくなりますし、出向者の不満も軽減されるはずです。
また、評価施策の一つストレッチゴールを導入しました。
川口
パフォーマンスレビューは目標管理、スキルレビューはコンピテンシーに近いものですが、それらとは別に、自ら「こういうことにチャレンジしよう」という目標を立ててもらうために新設したのがストレッチゴールです。実際に各組織でビジョンや目標を掲げているので、そこに対してより高い目標でチャレンジしてもらうという意味で設定しています。
パフォーマンスレビューは所属部署の目標に対してメンバーが設定しますが、上司としっかり刷り合わせて納得度を持ってもらうことと、達成度ではなく組織への貢献度を評価するかたちにしています。
スキルレビューについては、今まではコンピテンシーとして各役割ごとに求められる行動を会社が決めていましたが、たとえば計画力や実行力、育成支援力などを項目化して、役割に応じて求められる達成レベルが異なるというかたちに変えました。たとえば、上位役割の社員と比べた時に下位役割の社員が上の役割に近い仕事をしているといったケースが見えてきます。また、上位役割の人が横並びで見れるので、「この人、実は役割に足りていないね」ということも明確に見えてくるんです。
楠田
足りていないケースも見えるんですね、なるほど。
川口
それから、人財育成会議は育成支援の大きなポイントです。これまでは管理職が集まって評価のための会議を行っていましたが、そうではなくメンバー1人ひとりに対しての育成課題、育成方針を役職者が全員で討議するという会議を始めました。
楠田
よく日本企業でやりがちなのは評価の調整会議だと思うんですが、そうではないわけですね。外野の声を聞く、といった感じでしょうか。
川口
言ってみると、直接の上司以外の人から、「実はあのメンバーはこんなところでうちの部に貢献してくれているんだよ」というこれまで見えなかった部分が見えることもあります。いいところも悪いところもより多角的に見えるようになるので、それをメンバーにフィードバックすることもできるようになっています。
楠田
それはすごい。多角的に見るということは、越境的に見ることにも繋がっていますね。
川口
はい。各事業場の管理職が、他の部のメンバーをしっかり見ることにも繋がってきます。最後のところですけど、1 on 1は今回の育成・人事制度と合わせて、しっかり推進していこうということでやっています。ここは後ほど説明させていただきます。
また、役割変更ですね。今までは、本社で最終的には決めていたんですが、一般社員についての役割変更、昇格・降格含めて、人財育成会議を通じて各事業場で決定するようにしています。
楠田
なるほど。現場に権限を与えているんですね。人財育成会議には川口さんも出席するんですか?
川口
そうですね、私や人事チームのメンバーが手分けして各部署の人財育成会議にすべて参加しています。実際にどう議論していくのか、初めてのことなのでファシリテーションも含めて参加しています。
先ほど申し上げたとおりメンバーそれぞれの強みや弱みが多角的に見えてくるので、「やってみてすごくよかった」という声は多いです。ただ、その一方で時間かかることがネックですね。

これまでの評価制度の課題と、
ノーレイティング導入の背景

楠田
次はノーレイティングの取り組みについてお話を伺いたいと思います。
川口
今回の人事制度改革では、いわゆる考課ランク付けをやめるという「ノーレイティング」を導入しました。これまではコンピテンシーと目標設定について、7〜9ランクで行動評価・業績評価を付けていました。しかし、やはり中央値に集中していて、そこから上下の幅の広がりは実はそんなに大きくなかったのが実情です。行動評価、業績評価をランク付けして、それが賃金制度や昇格、賞与、に結び付いていく。さらに、役割給や成果累積給に結び付くのと、役割変更試験にも結び付いていたので、そこの評価が毎年積み上がらないとなかなか昇格できないという問題点も一つありましたね。
楠田
なるほど、わかります。
川口
また、ランク付けそのものが目的化してしまい、フィードバックやそこからの育成支援・アドバイスという観点が弱くなる問題もありましたね。
それから、考課ランクが昇格判断や役割変更試験に結び付いているので、ともすれば評価者側にバイアスがかかる懸念も、実際にはあったと思います。
川口
以前は、行動考課と業績考課それぞれポイントが付与されており、その累積ポイントが規定に達すれば、上位役割の試験が受けられる仕組みになっていました。この仕組みは、合理性もあるのですが、その一方で早期抜擢はしにくい難点があります。また、管理職もこの点数がわかっているだけに、少し評価が甘くなる懸念もあったというわけです。
楠田
これはやっぱり現場のマネージャーからすると、やればやるほど、年次的なバイアスで「あいつ、そろそろだからあと1点」みたいになってしまうということですね(笑)。人物を評価するというより、帳票を見て電卓パチパチになりがちというか。
川口
そうかもしれませんね。あとは、ちょっと厳しい言い方かもしれませんが、評価点数は積み上がっていくものなので、どこかのタイミングで役割変更試験は必ず受けられる仕組みだったんですね。それも果たして公平なのかどうかというのはありましたね。

ノーレイティング導入の狙いとは?

川口
こうした課題を受けてノーレイティングを導入したわけですが、一つの大きな狙いは「育成」と「処遇決定」を明確に分けたいというところです。ランク付けをやめることで、マネージャーに対しては管理型のマネジメントから支援型のマネジメントにシフトして、メンバーの育成に注力してもらうことが大きな狙いです。
楠田
いわゆる支援型のマネジメントというのは、コミュニケーション・対話型のマネジメント?
川口
はい。そして、評価付けのための会議をやめて、メンバーの現状の力の発揮具合を見てどう育成していくかを議論する時間に変えることで、人財育成会議として実施をするということにしました。
フィードバックについては、考課ランクを今回やめているので、それに頼らないフィードバックをしています。これまで考課ランクを伝えることが重視されていたところが、具体的にメンバーの強み・弱み、今後の育成についての話し合いをしていくようにシフトされています。
楠田
これは訓練しないでできるものですか?
川口
そうですね。人財育成会議の中で、自分だけでなく他の所属長からの意見やアドバイスも入ってきているので、フィードバック自体の内容も今までより少し広く客観的な視点から送られるので、これまでとは変わってきているはずです。
楠田
それは、部下も納得しやすいでしょうね。

ノーレイティング、実際にはどう運用しているのか?

成瀬
実際の運用についてご紹介いただきたいと思います。具体的に、同じ事業場であればどんなかたちになるのかをスライドでお示しいただいています。
川口
ノーレイティングに移行してからは考課ランクは付けていませんが、評価をまったくしないかというと、そこはやはり残しています。たとえば、賞与についてですが、評価自体は行っています。ただ、それがランクを付けて、後々残るっていうかたちにはしていません。スライドに賞与のかたちが書いてありますが、事業場に原資のポイントを渡しています。それを事業場で配分してくれというやり方にしているんです。
楠田
事業場で原資を配分するって、なかなか戸惑うでしょうねぇ。
川口
はい、これが結構難しいんです。今までは事業場でランク付けてやっていたんですけど、そうではなくて金額としていくらになるのかを付けてもらうようにしました。なのでまだ戸惑いや付けづらいところもあるというのが実情で、まだ課題は残っています。
楠田
なるほど。わかりました。
川口
具体的な運用の変更点としては、先ほども申し上げたとおり現場の長に処遇決定を含めた裁量を与えています。賞与の金額や昇格・降格も決定できるなど、権限を大きく委譲しているのと合わせて、それに伴う責任を求めるかたちにしています。
また、成果を出した人にアドオン原資を使って報いる姿勢を明確に示しています。評価者・被評価者ともに中位安定マインドを払拭する目的があります。ただ、これまでと異なるやり方なので、まだ評価を付ける方も受け止める方にも課題があることは事実です。
楠田
そこは人事がサポートしているんですか?
川口
もちろんです。あとは、横のつながりで「何ポイントだった」みたいな会話が実はされていたりしていて(笑)、結構難しいですね。特に若い社員たちは、普通に「どうだった」という話をしているので。
楠田
へぇ~。オープンなんですね。
川口
今までのように中位で評価を付けることをやめたからには、そういうところ含めてもっと振り幅を持ってアドポイントを付けてもらうことに、今、取り組んでいるところです。
楠田
「現場の長に処遇決定の裁量を付与」するということは、時間をかけて行けば、その現場と一つの組織が強くなりますね。まだ戸惑っている部分があるから、強くなる未来も見えにくいかもしれませんけれど。続けていくことで現場もわかってくるでしょうね。
川口
基本的には事業場のなかでどう評価をして、賞与であればどうアドポイントを配分していくかということなので、所属長とメンバー層のコミュニケーションがしっかり取れていれば、納得度は絶対高まるはずなんです。だからこそ、この後ご紹介する1 on 1が重要になるんですよね。
楠田
不満を出さないように1 on 1やるっていうのはちょっとまた違うんでしょうけれど、自然に考えたときに、ピープルマネジメント力は高まると思いますね。時間がかかるかもしれませんが、一つひとつの課題を改善していけば質は向上していくでしょうね。
川口
そうですね。言ってみれば、今までは人事評価の最終決定や賞与についても最後は人事部が決めていたんです。しかし新しい制度では、処遇の決定を含めて事業場でやっているので、事業場からしてみると結構大変なんですよね。きちんと説明責任も果たさなければならないし、安易には取り組めない。管理職もしっかり取り組むし、メンバーも納得するまでしっかり議論することが求められるわけです。最終的にはそういったかたちを目指しています。

楠田
あとは、さきほどのお話にもあったように半期単位でリセットするんですよね。
川口
えぇ。評価が累積ではないので、よくも悪くも、その時に頑張ろうという気持ちになれると思います。

制度改革ではなく、カルチャー改革をめざす。

成瀬
冒頭にご紹介いただいたグループ人材マネジメントビジョンの「サッポロビールで働いてよかったと思える企業をめざす」に、すべてが繋がっているとこれまでのお話を伺っていて感じました。
楠田
1つ感じたことが、ノーレイティングの導入にとって1 on 1で社員のピープルマネジメント力が高まると、マネージャーが新入社員のことも知ろうとする姿勢が強くなったかもしれませんね。在宅でも何か知ろうとする意識が高まったんじゃないですか?
川口
そうですね。評価制度だけでなく、1 on 1も含めて質の高いコミュニケーションを取ることが重要だという点は、今回の人事制度のバックボーンにあります。そういう意味では、新入社員のフォローも今まで以上に強化されていると思います。
楠田
さらに、越境というかたちになると、他の部門の人も関わっていると。
川口
そうですね。ノーレイティングはオンボーディングに繋がると感じています。
楠田
なるほど、素晴らしいですね。しかしこの制度の導入にあたっては相当打ち合わせを重ねられたんじゃないでしょうか?
川口
そうですね。組み立てるまではかなり時間をかけましたし、動かしながら修正していたところも結構あります。なので、実際に運用してみると齟齬や課題もあるもので。まずは回してみないとわからないので、割り切って動かしたところもあります。
楠田
これは一夜にしてはできないことだと思いますよ。サッポロの新製品ですね(笑)。ノーレイティングに舵を切ったと聞いた瞬間に、「えっ!」っと思いましたよ。これだけ大規模な日本企業のなかではかなり早い段階で始められましたよね。
川口
会社の規模や歴史といった点では、長く根付いている文化があったので、そこを変えるには多少なりともパワーは必要だったかなと思いますね。まだ課題もたくさんありますが。
楠田
課題は常にあるものですから。社員の数だけ課題はたぶんあるでしょう。変革の一方で、人間はどうしても「変わりたくない」思いも本質にありますよね。150年近くやってきたことをどうして変えるんだ、みたいな(笑)。伝統という側面もあるでしょうし。そこをあえて、変えていかなきゃいけないとしたことが大きいですね。
川口
そうですね。グループ人財マネジメントビジョンのなかに「挑戦し、やりぬく」があったとおり、やってみないと進まないことですからね。制度改革のみならず、カルチャー変革まで運んでいきたいと思っています。別に人事制度を変えることが目的ではないんですよ。
楠田
もう、人事部長自らはそうおっしゃっている。素晴らしい。それ、僕が言おうと思ったんだけど(笑)。
川口
先ほど申し上げたとおり、変化への対応や挑戦に対する課題感はあるので、そこを変える手段の一つとして人事制度改革が大きな役割を果たすという認識です。
楠田
アワードをやったら面白そうです。挑戦をやり抜いた人を表彰していくことによって、挑戦することが楽しいっていうカルチャーが定着するんじゃないかな。失敗を許すカルチャーも必要ですね。心理的安全性の確保に繋がりますが。
川口
そうなんです。だから、ストレッチゴールも新設しましたが、ここは成果を問わず、いかにチャレンジしたかを評価しています。ここは評価上のマイナスは一切なく、やったら評価が加わり、できなかったからっていってマイナスになることはありません。
楠田
素晴らしい加点主義ですね。減点主義になってしまうと「やるのやめよう」となってしまいがちですもんね。人間の心理を汲んだ上での改革、改善だと感じます。

1 on 1ミーティングの推進と課題

楠田
続いて、「1 on 1ミーティングの推進」についてご説明をしていただきたいと思います。

川口
今回新たな人事制度の導入にあたり、1 on 1は一つの大きな柱という位置付けて推進しています。事業場へ大きく権限移譲をしているために、管理職とメンバー層がいかに質の高いコミュニケーションを取れるかが肝要だからです。
1 on 1を導入している企業さんも多いと思いますが、当社でも2018年頃から実際に全社で推進してきました。管理職向けに、1 on 1のレクチャーも行いましたね。
2019年には改めて人事総務担当者の管理職向けに研修を行い、これを各事業場で推進・展開してもらう研修を実施しています。

楠田
なるほどね。それはいいですね。

川口
2020年に新人事制度がスタートした時にも、改めて全社員向けに1 on 1の研修を実施しました。役職ごとに分けて研修を行った後に、各部署の管理職とメンバーで1 on 1をどう展開・活用していくか、どういうふうに活用していくかの意見交換も行いました。これにより、研修だけでなく実際にどうやって行うかまで踏み込んで進めてきました。
2021年5月のアンケートでは、メンバーの76%が「1か月~1.5か月に一度以上の頻度で1 on 1ミーティングを実施している」との回答がありました。時間としては30分〜1時間実施しています。
川口
それと、1 on 1の実施頻度と評価のフィードバックに対する納得度を調査しました。で、40点が一番高く「すべて納得しました」っていうようなところの一番高い評価にしています。横軸は、1 on 1を実施した回数です。結果としては1 on 1を数多くやっている人のほうが、評価のフィードバックの納得度も高いということが見えてきました。
楠田
やっぱりそうですか。
川口
面談時に、成長に向けた具体的なアドバイスや指導があり、所属長と十分なコミュニケーションが取れているという意見もありました。それから、定期的な1 on 1ミーティングの実施や日常の行動観察と日頃の上司とのコミュニケーションによって、評価や育成の観点で意見交換を行えていることで、実際の評価にも反映されている。まぁここら辺が、納得度の高い人から出てきている意見で多かったところですね。
楠田
もう、評価のための評価っていう時代じゃなくなってきましたね。
川口
えぇ。1 on 1自体、業務進捗を確認する場ではなく、メンバーの抱えている悩みや課題の解決に向けて話し合う場ですから。そうしたコミュニケーションを取っていると、上司との信頼関係も強まりますし、評価への納得度にも繋がるのだと思います。その一方で、メンバーが多い上司からしてみると、1 on 1自体も負担に感じている人がいることも事実です。そこは、乗り越えていかなきゃいけない壁で、組織力を向上させるためにも管理職側に理解してもらうしかないかなとは思っています。
楠田
なるほど、やり続けて理解してもらうことなんでしょうね。

1 on 1ミーティングにおける
心理的安全性の重要性

川口
1 on 1はかなり定着してきたと感じていますが、これはあくまで手段であって目的ではありません。最終的には組織・チームの力を向上させることを目指しているというところでは、「心理的安全性」の確保をより重視していきたいと考えています。1 on 1自体の質を高めながら、組織力向上にも繋げるというところを狙っていきたいですね。改めて研修をやろうかと思っています。
楠田
これが難しいんですよね。川口さんとしては具体的にどこを狙いとしているんですか?たとえば、言いたいことを言える若者が増えてきていると思いますが。マネージャーが「そうだよね」と聞くだけでは、心理的安全にはならないと思うんですよね。何かそこでフィードバックしなきゃいけないんでしょうね。
川口
そうですね。当然のことながら内容にもよりますが、言いたいことが言えない組織ではいけません。心理的安全性の話は一般の社員まで含めて見るとそんなに浸透してない面も結構あると感じていて。そういう意味でも、心理的安全性がチームに対してどんな効果を生むのかという基本的なところも含めて、研修を行う意味はあると思っています。部下のチャレンジを潰したりすることがないように。あとは多様な意見を言える、受け止めることの重要性。最終的な結論は別にしても、まず言える環境であるべきです。
楠田
多様な意見。これは本当によく部下と話し合わないといけませんよね。結果的には、部下がどういう価値観を持っているのか、また、自分はどういう価値観を持っているのかを理解し合う必要がありますから。自分の価値観も部下は知っているかどうかっていうのが、究極的には必要になってくるかもしれないね。価値観は目に見えないので、なかなか難しいかもしれませんね。

川口
はい、難しいと思います。
楠田
価値観は外発的な動機付けで変わるんですよね。つまり価値観はどんどん変わっていく。だから1 on 1を定期的にやり続けるのは非常に重要で、部下の価値観を知っていくっていうのと、変わっていく自分の価値観も伝えていかなければならない。まずは人事自身が心理的安全性を作ってくださいね。VUCAの時代、人事がマネージャーに対して心理的安全性という光を見せてあげるのは重要だと感じます。